SHUN's photo blog

被写体の心を写真で掴んでみたい

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明治村の紅葉

先月の下旬に明治村へ行きました。
年間パスが1月で切れるので元をとっておかないと、と思って。
この時は母が一番大変な時期で、気分転換も兼ねて来たのですが。。

明治村の紅葉 (1)
紅葉時期の明治村。
千早赤阪小学校講堂。大阪から移築された校舎です。ここは明治村を訪れると必ず行くお気に入りの一つです。
僕が通った小学校の旧校舎にはこういう机や椅子がまだありました。今はもう無いですが。木造校舎には懐かしさが詰まっています。田舎の学校で、僕はこういう教室を知っている最後の世代でした。
それにしても年期の入った机や黒板。そこにぼんやりと映りこんだ紅葉の赤い色をずっと眺めてしまいました。

明治村の紅葉 (2)

明治村の紅葉 (3)
兵舎です。これは名古屋からの移築でした。
現在でもお隣の韓国では二年間の兵役がありますが、かつての日本も男なら誰もが厳しい徴兵に従いました。
明治から太平洋戦争が終わるまでそういう状態だったことを考えると、むしろ戦争のない現在の平和の期間の方が短いんですね。
おびただしい数の若者が戦地で散っていったその犠牲の上に現在の僕たちの平和があるのだと。この兵舎はそれを無言で伝えてくるかのようです。

明治村の紅葉 (4)


明治村の紅葉 (5)

明治村の紅葉 (6)
金沢監獄。この独房も見るたびに痛烈に感じるものがあります。
この錆びた錠の向こうで囚人はどんな思いで生活をしていたのか。現在の刑務所よりも重い空間であったような気がします。

明治村の紅葉
第四高等学校武術道場。これも金沢からの移築でした。
明治時代の文化遺産の中で剣道の練習をしているところも凄い。こういうオープンなところが明治村の良いところですね。
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テーマ:紅葉 - ジャンル:写真

  1. 2010/12/25(土) 23:29:18|
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母の旅立ち

母が旅立ちました。
平和だった実家に突然、母が手術不可能の癌の告知をされてからわずか10ヶ月足らずの闘病後のお別れでした。進行の速い癌だったのです。
この10ヶ月間、家族全員で癌と戦ってきました。僕もネットであらゆる情報を漁り、良い研究や腕利きの先生を見つけては連絡をとり、なんとか母を救ってほしいと哀願をしてきましたが、全ての望は非情にも打ち砕かれ、日々刻々と悪化していく母の癌に悔し涙を流しながらただ見守るだけでした。
母は小学校の校長を勤めた後、家庭裁判所の調停委員を亡くなる直前までやっていました。息子の自分から見ても、良き教育者であり、人格者でもあり、そして何より良き母でした。自分の母としては偉大すぎました・・。

半年前、僕が富山の砺波のチューリップ公園へ行ったときの写真を母が見て、来年はぜひ私も行ってみたいと目を輝かせて僕を見つめていた光景を思い出します。大の花好きの母は自分でも色んなところへ行ってコンパクトカメラで花を撮影していました。砺波は母の心を揺さぶっていたのだと思います。来年まで絶対に私はがんばると約束してくれた。でも春まで待ってはくれなかった・・。

今まで母とはメールでは用事以外はめったに書くことがなかったのですが、最近になって頻繁にやり取りをしていました。文章という形で母を残しておきたかったからです。それと、面と向かってはなかなか照れくさくて真面目な話をできなかったのですが、メールではやりやすいという利点もありました。その中で一番の宝は、「僕を生んでくれてありがとう。お父さんとお母さんの息子で幸せです」と母に伝えたことでした。母はとても喜んでくれ、「いつまでもシュンを見守っているよ」と。
母がいなくなるという前提の話は絶対に僕は出さずにいつも言葉をよく選んでましたが、この返事を見たあの日は嬉しいはずの内容なのに、実際は母を遠く感じていました。

病院で書いていた母の日記を見つけてしまいました。亡くなる一週間ぐらい前のその記事の一つに「今日、私を呼ぶ両親の声が聞こえました。でも少し待っていてね、お父さん、お母さん。あなたの孫たちに最後のお世話をしたいのです。それが終わったらまた子供の頃のように私を笑顔で迎えに来てね。」と。母はとても現実的な考え方をする人で、こういう詩的なことを書くことはないと思うので、本当に祖父と祖母が母のところへ来ていたのだと僕は信じてます。母は8年前にも関係ない病気で手術をしたときも祖父と祖母がはっきりと生前の姿で現れて勇気付けてくれたことがあったと聞いていました。
僕たちの為に苦しい中、がんばらせてしまってごめんなさい・・。申し訳ない・・。僕の前では常に母らしく気丈に振舞っていたけど、本当はそうじゃなかったんだ。最後まで与えられるだけ与えられて、何一つ孝行のできない親不孝ものだった。
もうおじいちゃんとおばあちゃんと一緒かな?

用事で母が乗っていた車を運転しました。カーステレオから演歌が流れてきました。母が好きだった曲だったのでしょう。それにしても悲しい曲調の歌でした。まるで主人を失った愛車が嘆いて泣いているかのように聞こえてきてそれ以上聞けませんでした。
形見として母の車は僕が譲り受けることになりました。今度は僕が相棒だ。これから色んなところへ写真撮影で一緒に行こう。たくさんの綺麗な所へ僕をどうか乗せて行っておくれ。

休日の朝、起きてみると爽やかな陽がカーテンから差し込んでいました。もう苦しむ母の顔を見て恐怖と悲しみを感じなくてもいいんだ。母の最後は眠るように息を引きとっていきました。母はもう安らかな世界にいる。安心していい。あの約束どおり天国で家族を見守ってくれていることでしょう。


File0001.jpg
亡くなるちょうど二週間前に家族全員へそれぞれ書かれた手紙がありました。病院の引き出しの整理をしていたら見つかりました。母がこっそりと残しておいたのです。自分が死んでから見つけてくれるように。こういう粋な演出が母は上手いなぁ。。家族全員で手紙を見せあっこしたので個人宛の意味がなかったのですけど。
書道が有段者の母でしたけど、すでにこの頃は手が震えて字を書くのも困難な時でしたが、やはり線がゆれていました。元気な頃はもっと力強い字だったのに。
これは僕へ宛てた手紙でした。

実家の花、実 (1)
実家に滞在する時間があって、庭で久しぶりにカメラに触りました。。

実家の花、実 (2)

実家の花、実 (4)


実家の柿木

今年も大豊作の柿。子供の頃は毎年下痢するまで柿を食べてました。
「ふるさと」というイメージの中で僕が心の中に感じる一番の光景がこの大きな柿の木がたわわに実をつけているところです。
  1. 2010/12/11(土) 15:10:33|
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大龍寺のドウダンツツジ

また放置ブログにしてしまいました。
なかなか紅葉の撮影に行ってないんですけど、だるま焼きで前回訪れた大龍寺に行きました。ドウダンツツジが綺麗だと聞いて。
屋台が立ち並んで、たくさんの人で賑わっただるま焼きの時とは違って、閑散とした境内はわずかな参拝客と紅葉を見に来ている年配の方たちだけでした。。
大龍寺を囲むようにしてドウダンツツジが山の斜面に植えられていて綺麗でした。今年初めての紅葉観賞ということもあって気持ちよかったです。四季折々と季節の見せ場というのはありますけど、どれも素晴らしい中で僕はこの秋の紅葉が一番強く季節感を感じるかな。

大龍寺のドウダンツツジ (1) 1
9割ぐらいがドウダンツツジの紅葉というユニークなお寺です。


大龍寺のドウダンツツジ (2) 2


大龍寺のドウダンツツジ (3) 3


大龍寺のドウダンツツジ (4) 4
達磨大師の像。デカくて圧倒されます。


大龍寺のドウダンツツジ (5) 5


大龍寺のドウダンツツジ (6) 6


大龍寺のドウダンツツジ (7) 7


大龍寺のドウダンツツジ 8


ちょっとコメ閉じします。m(_ _)m


テーマ:紅葉 - ジャンル:写真

  1. 2010/12/04(土) 09:05:39|
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